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大阪地方裁判所堺支部 昭和45年(ワ)187号 判決 1973年1月31日

原告

姜介徳

右訴訟代理人

西畑肇

外一名

被告

右代表者

田中伊三次

右指定代理人

鎌田泰輝

外二名

主文

被告は原告に対し金三〇万円と、内金二五万円に対する昭和四五年六月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告のその余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六〇万円と、内金五〇万円に対する訴状送達の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、暴力行為等処罰に関する法律違反罪による懲役六月の刑で、昭和四三年一一月一五日、大阪地方検察庁検察官の執行指揮により、大阪刑務所に収監され、昭和四四年五月一三日右刑の執行を終えたが、引続き同年同月一四日、大阪地方検察庁検察官の執行指揮により、傷害罪により懲役八月の刑の執行を受け、その刑期満了日は昭和四五年一月一三日であるとして、近畿地方更生保護委員会の仮出獄許可決定により、昭和四四年一一月二一日右刑務所を仮出獄した。

しかしながら、右傷害罪による懲役八月の執行に当り、同罪についての未決勾留日数六三日の法定通算をすべきであつたから、正当な刑期満了日は昭和四四年一一月一一日である。

従つて、原告は刑の執行機関である大阪地方検察庁検察官の過失による執行指揮により、昭和四四年一一月一二日より同年同月二〇日までの通算九日間正当な刑期満了後に刑の執行を受けたことになる。

2  右違法な刑の執行により原告が受けた損害は次のとおりである。

(一) 前記正当な刑期満了日を超えた九日間の違法な刑の執行に対する慰藉料金三〇万円

国家機関たる刑の執行機関の、あるべからざる過誤により、受刑という形で九日間にわたり違法に身体的自由を剥奪され、特に肺結核にかかりその症状が重いのに十分な治療も受けずに拘束された原告が蒙つた精神的肉体的苦痛は測り知れないものがあり、右不当拘束期間中の逸失利益を現在および将来も請求する意思のないことを加味して、右損害に対する慰藉料として金三〇万円を請求する。

(二) 仮出獄を受けることができる利益を侵害されたことに対する慰藉料二〇万円

原告が前記仮出獄により釈放された時、既に正当な刑期満了日を徒過しており、原告は仮出獄の利益を享受できなかつたが、これは前記のとおり刑の執行機関が未決勾留日数の法定通算を失念し、正当な刑期満了日を算定しなかつたからで右過誤がなければ、原告は正当な刑期満了日よりも更に早期に仮出獄を受け釈放されていたはずであり、右利益を侵害されたことは明らかであるから、右利益を侵害されたことにより原告の蒙つた精神的損害に対する慰藉料として金二〇万円を請求する。

(三) 弁護士費用一〇万円

被告が任意賠償をなさないため、原告は本訴提起のやむなきに至り弁護士に依頼したが、その費用一〇万円は権利の伸張防禦に必要なものとして、本件違法執行と相当因果関係に立つ損害である。

3  よつて原告は被告に対し国家賠償法一条に基づき、右損害賠償債権合計金六〇万円と、弁護士費用一〇万円を除いた内金五〇万円に対する訴状送達の翌日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2の損害額の主張は過大であり、肺結核について治療を受けなかつたこと及び法定未決勾留日数に関する過誤がなければ、当然に正当な刑期満了日より早く仮出獄を受け釈放されていたことはいずれも争う。仮出獄は地方更生保護委員会の裁量事項として刑の終了時に対する過誤がなかつたとしても、当然に早く出獄するということにはならないからである。

第三  証拠<略>

理由

一、原告が暴力行為等処罰に関する法律違反罪の懲役六月の刑で、昭和四三年一一月一五日、大阪地方検察庁検察官の執行指揮により、大阪刑務所に収監され、昭和四四年五月一三日右刑の執行を終え、引き続き同年同月一四日大阪地方検察庁検察官の執行指揮により、傷害罪の懲役八月の刑の執行を受け、その刑期満了は右傷害罪についての未決勾留日数六三日の算入により昭和四四年一一月一一日であるところ、刑の執行機関である大阪地方検察庁検察官が右法定未決勾留日数通算を看過し、その刑期満了日を昭和四五年一月一三日とし、その日を基準にして昭和四四年一一月七日近畿地方更生保護委員会が仮出獄許可の決定をし、昭和四四年一一月二一日仮出獄により釈放されたこと、そのため原告が、正当な刑期満了日より、九日間余分に懲役刑の執行を受けたことは当事者間に争いがない。

二、そこで原告が受けた損害について判断するに、<証拠>を総合すると、原告は、大阪地方検察庁の検察官のあやまつた執行指揮により本来の刑期を九日間こえて大阪刑務所に拘束されていたのであるが、同刑務所長が原告の正当な刑期満了日の二か月位前にその仮出獄を申請したとすれば、近畿地方更生保護委員会の方では原告の仮出獄を拒む理由がなく、検察官が法定未決勾留日数の通算を誤らなければ原告は正当な刑期満了日の前に仮出獄を受け釈放される蓋然性があつたが、原告も右受刑中自らの刑期の満了日を具体的に刑務所或いは右更正保護委員会に申し出て、処置を求めることもなかつたこと、原告は、本件受刑中肺結核を患い、右刑務所は原告に対し、肺結核用の薬としては、ヒドラジツドを昭和四三年一二月一七日に一〇日分、昭和四四年一月七日に一〇日分、同年七月八日に一か月分投与し、同年一一月に軽作業に転換させてはいるが特に結核患者としての特別の加療を加えていないこと、同年一一月二一日の出所した日に医師から開放性結核、結核性痔瘻の診断を受け、その後定期的にストレプトマシンの注射とバス及びヒドラジツドの投薬による治療を受け、現在はかなりよくなつていること、原告において不当拘束に対する逸失利益の請求を別個にする意思はなく、本訴提起に当つて原告が着手金五万円を支払つて弁護士に右不当拘束による慰藉料請求の訴訟を委任し、且つ成功報酬として金五万円支払うことを約していることを認めることができる。右認定に反する原告本人の供述部分は採用しない。

右認定の事実に徴して考察するに、刑の執行はそれが人身の自由に対する制限として人権の保障の面から重大な責任を伴うことは明らかであり、その期間を超えた執行は単に不当拘束時間の長短の問題でないと謂わざるを得ないし、原告自らが自救の具体的行動に出なかつたこともこうした違法な執行に対する責任を免脱せしめるものでなく、加えるに前記認定のとおり原告の刑期の正当な認識があれば当然その相当前に仮出獄し得る機会もあつたと考えられること、更に前記認定の原告の病状、ならびに不当拘束期間中の逸失利益について別途に請求する意思のないことを慮すると、原告が本来の刑期満了日である昭和四四年一一月一一日を超えて同月一二日から同月二〇日までの九日間違法に拘束されたことに対する慰藉料額としては金二五万円が相当であると謂わねばならない。もつとも、原告は仮出獄を受ける利益を侵害されたとして金二〇万円の慰藉料をも請求しているが、仮出獄自体は、その許否、期間について刑務所或いは地方更生保護委員会の自由裁量に委ねられていると謂わざるを得ない。受刑者が正当な刑期満了日前に仮出獄を受ける蓋然性があつたとはいえ、それは、なお未確定な利益にとどまると謂うべきであるから、本件については前記違法執行の慰藉料算定の手続として考慮するのは兎も角、独立に損害賠償の対象としての利益侵害に当るとは解し難い。弁護士費用については、その訴訟委任が本訴の提起遂行につき必要やむを得ないものであることは本訴の内容に照し明らかであるところ、本件訴訟における事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌して、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害額は金五万円が相当であると認める。

三、よつて、原告の本訴請求のうち、金三〇万と弁護士費用を除いた内金二五万円に対する、訴状送達の翌日であること記録上明らかな、昭和四五年六月一二日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める限度において、その請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、なお、仮執行宣言の申立については、これをつけるのが相当でないのでその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(本井巽 松島和成 浦上文男)

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